田中三彦氏の視察報告(2007年7月27日社民党調査団に同行)
本日(7月27日)社民党の保坂展人議員に同行し、午前11時ごろから約1時間半ほど、柏崎刈羽原発を見てきましたので、ざっとですがご報告します。
調査・見学ができたのは、5、6、7号機の建屋の外回りだけで、建屋内部には入れませんでした。私以外の同行者は、矢島さん(社会新報)、伴さん(CNIC)、湯浅さん(同)、それに写真家の豊田さん、です。
全体的に言えるのは、構内の道路、芝生を張った平地や法面など、いたるところに、ひび割れや陥没、段差などが見られました。
東電の説明では構内に「隆起」したところは一つもない、とのことでしたが、陥没と隆起は相対的なことなので見た目ではよく確認できません。
今回はじめて海側を公開したとのことですが、5、6,7号の海側の道路の半分は青いシートで覆われていました。
覆われている部分は海側(西側)に大きく傾斜していました。道路全体が海側に数十センチずれ、このような状態に
なったものです。青いシートで覆われた部分のアスファルトは剥がされ、近くに山積みになっていました。
5号機のタービン建屋に連なっている「循環ポンプ室」(正式名称かどうかわかりませんが、確かそのような説明を
受けました。冷却水を海に戻すためのポンプが設置されている建物か?)の窓ガラスが割れ、アルミサッシが地面に落ちていました。
5号機のタービン建屋の脇で、東電の説明によれば、「冷却水配管(CWP/ CoolingWater Piping)の点検作業」が
行われていました。東電は、これは「予定されていた作業」で、「地震とは関係ない」と言っていましたが、本当かどうか、よくわかりません。近くには大きなクレーンもありました。地震と関係がないとなると、時期的にいかにも不自然な光景でした。
何かが壊れ、修理しているのかもしれません。保坂議員はこの光景をかなり気にされていました。
7号機のタービン建屋の海側(西側)の部分は、全体的に30センチくらい陥没していました。
原子炉建屋の入り口付近も、何カ所か部分的に陥没や破損が見られました。
私は気づきませんでしたが、保坂議員によると、6号機の原子炉建屋の壁が変形しているとのこと。写真も撮っておられます。
6号機の東側にある直径数メートルの濾過水タンク(市の水道水を貯めておくタンク。主に機器の洗浄などに使うとのことです)が、完全に座屈していました。タンクを固定している基礎ボルトが完全に破断し、ボルトの頭の部分がすっ飛んでいました。
ボルト破断面はすでにかなりサビていて、よく観察できませんでしたが、破断面はフラットでまったく絞りがなく、脆性破断面のように見えましたが…。質の悪い鋼を使っていて、ネジ底から一挙に亀裂進展したのかもしれません。
調査・見学のあと、サービスルームで東電と20分ほど質疑をしました。質疑には武本さんが参加されました。
保坂議員が、前出のCWPについて、再度説明を求めましたが、東電の説明内容は同じでした。
武本さんが、東電はどんどん地面の補修をしているが、補修前の記録をちゃんと残しているかどうかを尋ねました。
確か、それはちゃんとやっているはず、というような返事だったと思いますが、これについては武本さんのほうから、
あとで補足説明をお願いできますか?
私のほうからは、内部を見せてくれなかったのでその腹いせに、ということではないですが、地震がきたとき定期検査中だった1、5、6号機のうち、原子炉圧力容器の蓋が取り除かれていたのは何号機かを尋ねたところ、「1号機だけ」という答がかえってきました。
1号機の上蓋が外れていたなら、水路を介して燃料プールといわば一体化していたはずだから、地震時に原子炉圧力容器からもオペレーティング・フロアに水が溢れ出したのではないかと尋ねたところ、確認のためにどこかにいき、数分後に戻ってきて、「燃料プールからだけでなく、原子炉圧力容器からも水が溢れだした」ことをはっきり認めました(東電はこれまで、原子炉本体から水が溢れたとはいっさい言っていませんでした)。
簡単ですが報告は以上です。
田中三彦