維持基準導入になぜ賛成できないか
日弁連緊急シンポジウム パネラー発言資料 2002年11月2日
海渡雄一(弁護士・日弁連公害対策環境保全委員会委員)
1<国、電力に維持基準を語る資格なし>
東電不正問題に端を発し、次々に明らかになる損傷隠しは、原子力発電所の中枢部分の安全性に係わる重要な情報に関して、電気事業者と国が組織的、系統的に行ってきた、危険な情報操作の一端が明るみになったものと考えるべきである。様々な情報を総合すれば、かなり前から、国も電力も、損傷の発生は不可避であり、予防保全の考え方は破綻していることを相互に了解していたと思われる。総合エネルギー調査会の原子力部会検査のあり方検討委員会において、維持基準・事後保全の考えを導入することが話し合われていた。この場には損傷隠しの主犯である東電榎本副社長と、今回の事態を受けた検討委員会の委員長近藤駿介も出席していた。
8月29日にこの問題を公表した直後に東電南社長が基準が厳しすぎたためにこのような不正が行われたという弁解を行ったが、これもこのような流れに沿っている。そして、国・電力は維持基準・事後保全をこの秋にも省令改正の形で強行突破しようとしている。
しかし、事態は彼らの思うようには進んでいない。連日の新たな損傷隠しの発覚によって、原子力開発の推進に当たってきた者たちの底知れない腐敗と地方住民にたいする安全軽視の姿勢は明らかとなり、激しい怒りと全面的な原子力政策の転換を求めて福島県を先頭に次々に声を上げている。福島県議会は維持基準の拒否を決議している。*1
*1 福島県議会で全会一致した「原子力発電所における信頼回復と安全確保に関する意見書」(平成14年10月11日可決)の10の要望項目の2に、「新しい検査制度のあり方の検討は、立地地域との合意形成を図りながら慎重に行うとともに、維持基準の具体化は見合わせること。」とある。2<原資料の開示と関係者の刑事告発>
まず第一の課題が生の検査データの開示である。損傷隠しが明らかになっているすべての原発の疑惑箇所の検査データも公表されるべきである。東京電力からは保安院に提出された改ざん文書の現物が資料として示され、これに係わった者の氏名も公表されるべきである。保安院が見送った刑事告発についても、後述する格納容器の機密性データの改ざん問題も含めて、市民側からの告発を準備する動きが出てきている。
3<保安院こそが調査の対象>
今回の事態は表面的な報道だけを見れば、電力が長年にわたって嘘の報告を積み重ね、国はそれに完全にだまされていたようにみえる。もし、保安院が本当にこのような損傷隠しを長年にわたって知らなかったとすれば、およそ安全規制機関として無能力である。しかし、ことはそれほど単純ではないはずで、シュラウドの取り替え工事の際にも損傷があることを知らなかったなどということはありえない。損傷が発生していることを知りながら、損傷隠しを共謀していたと見ざるを得ない。
4<国・電力のアキレス腱=SUS316Lの応力腐食割れ問題を解明する>
東京電力はシュラウドにSUS304という、応力腐食割れに弱い材料を使った炉である福島第一原発1,2,3,5号機について、SUS316Lと交換した。しかし、東京電力は2号機を除いて交換時に亀裂が発生していることを認めていなかった。保安院は、職員を常駐させながら、1,3,5号機のシュラウドの取り替え工事の際、このことを知らなかったという。
2001年7月6日、東京電力は、福島第二原発3号機でSUS316Lを使ったシュラウドのほぼ全周にわたりひび割れが発見されたと発表した。この時点ではこの原子炉に限って亀裂が発生したとされていた。しかし、それは嘘だった。今回損傷データが隠匿改ざんされた原子炉のうち、シュラウドがまだ取り替えられていない炉はいずれもSUS316Lを使っている。SUS316Lの材料にこのように大量に応力腐食割れが発生することは、これまで全く予測できなかった。このことを隠蔽し、補修費用の高騰を防止したいという考えが、今回の損傷データの隠匿、改ざんの動機となった可能性が高い。
浜岡4号炉におけるSUS316L製のシュラウド損傷に関する中部電力の発表では、前回のわずか1年前の定検時には、福島2−3のシュラウド損傷の発表を受けて、念入りに調査したはずなのに、全く認められなかったとされる損傷が今回の定検時に67箇所で発見されたという。もしもこれが事実であるとすれば、この材料に発生する応力腐食割れのスピードは極めて早いこととなる(去年の段階で既に損傷が発見されていて、これが隠蔽されていた可能性もあるが。)。このような、応力腐食割れのメカニズムの解明とこれを食い止める手段がなければ、原子炉の運転の継続すら難しい。維持基準など議論できる前提が欠けた状態だ。5<第三者的検査態勢の確立>
今回の事態の第一の本質は、電気事業者から保安院への公式の報告がでたらめだったことにある。事業者の自主点検が信用できない以上、外部からの検査の強化こそが図られるべきであり、事後保全のような考え方は原子力安全を根本的に後退させるものであって、撤回されるべきである。ドイツでは、ボイラーの安全検査業務から発展した民間の独立検査機関TUVが、原子力発電所の定期検査の業務を担当している。今後の定期検査に当たっては、独立の民間第三者検査機関を利用する考えも含めて、官民の専門の検査官を養成して、事業者の自主点検に頼らない制度の確立こそが急務である。
この点について、保安院は独立行政法人にこれを行わせるとしている。しかし、この案はいただけない。独立行政法人は原子力分野ではもんじゅ・東海再処理など事故と不祥事を繰り返してきた旧動燃のような、効率性もなく国の原子力政策を補完するだけのものとなってしまう可能性が高いからである。純粋の民間の機関を育成する方が健全な検査態勢が作れるように考える。6<規制行政の推進行政からの分離を図る>
今回の事態の第二の本質は、保安院が電気事業者と結託して損傷隠しを容認し、さらにはそそのかしていた疑いがあることである。保安院が原子力の推進を目的とする経済産業省に置かれる限り、損傷隠しの共犯体質は直らないだろう。公正取引委員会、食品安全行政も内閣府に移される。いまこそ、原子力安全行政も、原子力安全委員会だけでなく、保安院をも経済産業省から分離させ、内閣府へ所管替えを行い、推進と規制の明確な分離を制度化することを真剣に検討すべきである。日弁連は一貫して原子力安全行政を推進行政から分離することを主張してきた。その方法としては、ドイツ・スウェーデンなどのヨーロッパ諸国のように、環境省に原子力規制の権限を移管するか、アメリカのNRCのような独立行政委員会を設立する二つの方法がある。
現実には、原子力安全委員会と保安院を合体し、内閣府に置く考えが民主党から提案されている。既に原子力安全規制委員会設置案が提案されており、参考になる。
ドイツのビュルガッセン原発(BWR 67万キロワット 1972年運転開始)は、1994年9月炉心シュラウドとジェットポンプに損傷が見つかり、修理のための停止期間(2年間)と修理費用(4億マルク)からみて、経済的に見合わないことを理由に廃炉となった。
プレート境界上にある浜岡原発の1号機は我が国で唯一、応力腐食割れに弱いとされるSUS304のシュラウドを使用している。このような原子炉の許可は直ちに取り消すべきである。いまの保安院に、安全性に欠けた原子炉は停止させるという覚悟があるとは到底思えない。このような規制当局のもとで、維持基準を導入すれば、検査の手抜きは極限まで広がり、ついには破局を迎えることは避けがたいだろう。7<維持基準は認められない>
現実に原子炉が傷だらけである以上、原子炉の運転を続けるためには維持基準のような考え方は避けられない。しかし、維持基準の考えを取り入れるためには、最低限次のような条件が必要である。
1)制度的な検査の独立性、
2)規制行政の推進行政との明確な分離、
3)SUS316Lの応力腐食割れだけでなく、中性子照射による脆性破壊や、コンクリートのアルカリ骨材反応など、原子炉の各パートごとの損傷のメカニズムが科学的に解明され、確実な予測が可能であること、
しかし、現状は明らかにこのような前提が確立していない。よって、維持基準・事後保全の導入計画は撤回し、原子力安全規制法制検討小委員会の中間報告書*は撤回すべきである。*2
*2 維持基準(欠陥評価)の導入などを提言している。