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名匠・篠田宗吉の民家補修
 番神堂、えんま堂などを手がけた柏崎の名棟梁、4代篠田宗吉が造ったと伝えられる市内女谷、農業・武田昭さん(71)方のかやぶき民家で大掛かりな補修工事が行われている。築後200年近くを経て傷んだ柱などを手直しするため、土台上げの工事が本格化している。

 篠田宗吉は京都本願寺再建の際、副棟梁に選ばれた名工匠。三階節に「下宿番神堂がよく出来た。向拝の仕掛けは新町宗吉大手柄」とうたわれる。武田さんの居宅約230平方(メートル)は、江戸時代末、若き宗吉が作った木造かやぶき家屋とされ、「鵜川の話」(昭和61年刊行、高橋義宗さん著)でも紹介されている。けやきの柱や梁(はり)は、屋敷の近くにあった大けやきから取ったもので、幹は定屋(じょうや)柱に、枝は梁材に使われた。釘を使わず木を組むという昔ながらの匠の技が生きている。

 太いけやきの柱は長年の湿気などで土台近くが腐り、豪雪で土台石も沈んだため、今月から補修工事に踏み切った。畳を上げ床板をはぐり、横木を縦横に通してジャッキで家ごともち上げる。市内中央町の専門業者は工事のために最大35トン用のジャッキなどを大量に持ち込んだ。腐った部分は新しいけやきに取り替え、場所によっては土台石をコンクリートで固め、その上に石などを置く。工期は8月上旬まで。

 「鵜川の話」で、武田姓は甲斐の武田信玄が諸国の動静を探らせるため放った人たちが土着したものとされる。武田さんの祖父政義さんは明治39年、鵜川村長を務めた。現在は16代目。亡くなった両親は家を保護するため、梅雨明け後は床をはぐって風を入れ、湿気には気を使っていた。1階には2頭の馬をつないでいた馬屋跡、2階には機折り場跡が残る。

 武田さんの妹の百合子さん(60)は「家は構わずにいろと言う人もいるが、鵜川を離れるわけにはいかない」。母サクラノさんが嫁いできた頃は、梁も赤い漆の色をとどめたままだったと聞いた。朽ちていくかやぶき民家の多いことを惜しみながら、「綾子舞の里として、最後までかやぶき家と鵜川を守っていきたい」と武田さん、百合子さんは話している。

(1998/ 6/24)

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