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歴史研究グループが「椎谷おけさ」を収録

 歴史・文化の研究グループ「古志の会」(事務局・長岡市、亀川純一代表、会員数約170人)がこのほど、デジタルアーカイブ事業化の一環として市内の椎谷コミセンで「椎谷おけさ」を収録した。「北前船で運ばれたハイヤ節とおけさ」をテーマに、県内外の民謡を歴史的な視点から研究しているもので、この日は椎谷で長く歌い継がれる「おけさ」の聞き取りを熱心に続けた。

 北前船は、かつて大阪から北海道まで日本海周りで往復し、コメやニシンを中心に、古着、日用雑貨などあらゆる商品を売買した。船乗りたちによって、九州で発生したハイヤ節は航路に沿った港町で歌われ、ハンヤ節という名にも変わり、新潟県では「おけさ」と呼ばれるようになった。

 同会では、北前船という独特の海運で結ばれた歌のルーツ、経路を探り、CD化で記録しておきたいと今春から活動を開始した。「椎谷おけさ」もその1つで、椎谷地域だけにひっそりと伝わり、盆踊りのたびに繰り広げられてきた。「椎谷岬に燈(とう)台あれどよ」と歌詞に込められた地名が独自性を物語る。

 この日は小野島喜代子さんが歌い、三味線、太鼓がにぎやかさを添えた。踊りの輪を作った吉藤美和さん(68)は「小さいころから見よう見まねで踊ってきた」と話し、おはやしの山崎武さん(71)は「寺泊と、柏崎のおけさがミックスされているようだ」とルーツに思いをはせる。同会では椎谷藩、馬市との関係もこれからの研究になるという。

 「おけさ」は県内をはじめ、山形、福島などに60曲ほど。調査・研究は1年から1年半をかけて続けられる。亀川代表は「民謡のCD化だけに終わらせたくない。今まで民謡は芸能文化としてとらえられ、歴史研究の視点に入っていなかったが、ごぜ、毒消し売り、置き薬売りなどから伝播(ぱ)ルートなどを探り、民謡を見直すきっかけになってほしい」と語った。

(2003/ 7/ 9)

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