参考A インフルエンザ脳炎・脳症に人種差  
遺伝的素因が発症に関与か・東アジアに多発傾向

名古屋大医学部保健学科教授の森島恒雄氏は8日の日本小児臨床薬理学会で、インフルエンザ脳炎・脳症の動向について講演した。森島氏は、自らが班長を務める厚生労働省のインフルエンザ脳炎・脳症研究班の調査結果などを基に、同疾患が欧米に比べて東アジアに多発する傾向があることから、なんらかの人種的な遺伝的素因が発症に関与している可能性を示唆した。
 1999年度から始まった研究班の全国調査によると、発症年齢は大部分が5歳以下。インフルエンザの発症から脳炎・脳症の発症までの期間は1日前後と短く、いったん脳炎・脳症を発症すると急激に病態が悪化し、有効な治療法がないのが実情。基礎疾患のない健常児が発症することが多い。インフルエンザのタイプ別では、A香港型に発症しやすい傾向を認めるが、いったん発症すると予後に差はない。前駆症状として精神症状が好発し、臨床検査値でみると、血小板数の低下(10万/マイクロL以下)、GOT・GPT・LDHの上昇、血液凝固検査の異常、血清クレアチニンの上昇、ヘモグロビンの低下などが認められる。
 病理学的には、
(1)高度な脳浮腫がある(しばしば小脳扁桃ヘルニアなどを伴う)
(2)脳内に炎症細胞の浸潤は認めない
(3)血管壁の硝子化および血漿成分の脳実質への漏出が著明で、しばしば全身の血管に認められる
(4)脳および全身にフィブリン血栓が認められる
(5)血球貪食像(白血球、赤血球)がしばしば認められる
(6)気管支、肺の炎症性変化は軽度
(7)脾臓や消化管などにリンパ球の腫脹を認める
などの特徴を示す。
 また、最近明らかになった知見として、脳内におけるサイトカインの産生、アストログリア・ミクログリアの活性化が認められるという。
解熱鎮痛薬との関連性を検討原則禁忌の薬剤も
 研究班では解熱鎮痛薬との関連についても検討。調査結果によって、最終的には明確な因果関係は認められなかったものの、当該医薬品の使用上の注意が改訂され、現在、メフェナム酸とジクロフェナクナトリウムはインフルエンザに対し原則禁忌となっている。
 研究班では、その他の非ステロイド性消炎鎮痛薬についても今後、インフルエンザ脳炎・脳症との関連を検討していく方針。また、具体的な治療法として、抗ウイルス薬アマンタジン、ガンマグロブリン大量療法、ステロイド・パルス療法、アンチトロンビン大量療法、脳低体温療法、血漿交換療法などの治療効果についても現在多施設共同研究として検討を進めている。
 さらに、2000/2001年シーズンにおけるインフルエンザ脳炎・脳症の全国調査の最終集計が現在行われている。1次調査結果によると、A香港型とAソ連型が混在した同シーズンの患者数は55例(うち死亡6例)。流行の規模は例年の4分の1〜5分の1と低かったが、後遺症が残るケースが増加しているという。
 森島氏は、近縁疾患を含めたインフルエンザ脳炎・脳症の世界的特徴として、
(1)インフルエンザ脳炎・脳症の欧米での発症頻度は低い
(2)欧米でのインフルエンザ発熱時に伴うけいれんの頻度は日本ほど高くない
(3)熱性けいれんの頻度は、米国は日本の約2分の1
(4)急性壊死性脳症はアジア(とくに東アジア)に多い
(5)川崎病の頻度は日米で大きな差が認められる
(6)ウイルス感染に伴う血球貪食症候群(HPS)はアジアに多い
などが認められるとした。
 森島氏は「インフルエンザ脳炎・脳症のときに認められる病態または近縁疾患は、なんらかの人種的な特徴が背景に存在する可能性が高い」と指摘。とくにインフルエンザ脳炎・脳症が日本で多発するのは、サイトカインバランスの変動、脳内グリア細胞の活性化、全身の血管内皮細胞の障害などを生じやすい遺伝的素因が背景にあるのではないかと分析した。