日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.5.16(日) 

雨でのんびり過ごした田子の浦

田子の浦滞在日の今日は、地元の方とのイベントが予定されていましたが、
あいにくの雨で中止となり、おかげで(?)のんびりと過ごすことができ、
朝はパジャマのままパソコンに向かう時間も持てました。
 
このパジャマ、実は昨日 田子の浦へ着いてから購入したモノなのです。
 
富士市役所の伊藤敬子さんが出迎えてくれた際に、
「滞在中ご自由にお使いください」と自分の車を置いて行ってくれた為、
遠慮なくお借りして、今までなかなか行けなかった買い物等も済ませることができました。
車があると本当に便利で、大変有難く使わせてもらっています。
 
また今日は、地元の方たちが雨の中を遊びに来てくれて、
おいしいパンなどの差し入れをいただいたり、色々なお話を聞かせてもらうことができました。
 
コミュニティシンクタンクふじの方、NPO法人ふじ環境クラブの方などの話では、
田子の浦は海があるのに市民が海と触れ合う機会がほとんどなく、
ヨットも1艇も置いてないのだそうです。(確かにどこにもマストが見えません。)
人口24万人の中にはヨットをやっている人もいるそうですが、
船を置いてあるのは清水や沼津だという話。
田子の浦にもヨットを置けるようにしたいとのだと話す方もいらっしゃいました。
 
そんな環境なので、今回は漁協さんにお世話になっているのですが、
その漁協の組合長さんもヨットに遊びに来てくださいました。
ここはしらす漁で有名で、とても良質のおいしいしらすが捕れるそうです。
せっかくだから捕れたてのおいしいしらすを食べさせてあげたいのだか、
このところ海が荒れていて漁ができないのだと話されていました。
(確かに、連日の強風波浪注意報ですからね。)
きっと捕れたてで新鮮なしらすは、スーパーなどで買うものとは別物なんでしょう。
食べさせたいと言ってくださった組合長さんも残念そうでしたが、
話を聞きながら食べられないこちらも残念でなりません。
 
今日の静岡新聞に安良里で取材していただいた際の記事が載っていました。
 

 

船内のキッチンで料理の腕を振るう大原コック長。
気が向くと船の中での食事とは思えないほどのお料理を作ってくれます。
(気が向くかどうかは、その日のスケジュールや時間に余裕があるかどうかには関係がないようで、
もしかしたら、前日のお酒の量と関係があるのかもしれません。)

 

 

パジャマのままチャートテーブルでパソコンに向かう吉川艇長。目の前の壁には、GPSとカーナビが並んでいるのが見えます。 吉川艇長を以前から知っている人なら、この航海日誌を見ていてすでにお気づきかと思いますが、寝起きだからではなく最近は眼鏡をかけていません。
 

お借りした車の写真まで撮ってしまいました。
 
 

今日の余談、まず1つめは吉川艇長の目について。
 
航海日誌の一番最初の準備編ではまだ眼鏡をかけています。
でも、その後の日誌の中ではどの写真を見てもたぶん眼鏡をかけていないと思います。
以前から吉川艇長をご存知の方々、お気づきでしたか?
 
では、いつから眼鏡をかけていないのかと言いますと、
『いそしぎ』の整備の為 度々東京夢の島マリーナへ通っていたのですが、
4月の半ばに整備に出かけた際に都内の眼科でレーザー手術を受けたのです。
 
おかげで、ド近眼+ひどい乱視と、家族でいちばん目の悪かった吉川艇長が、
いまではいちばん目が良くなりました。
(元々、きれいな女性を見る時だけは異様に視力が良かったんですけどね。)
 
ただし、近眼を治してもらったら、とたんに老眼が進んだようで(人並みになっただけ?)、
逆に老眼鏡が必要になってしまい、今回の出航前に老眼鏡を作って来ました。
 
2つめの余談は、大原さんのつらかった話。
 
三崎で停泊したところは、すぐ隣で新鮮な魚介類などを販売していたのですが、
たまたま覗いたのが閉店時間間際だった為、丸々と太って脂が乗りまくったサバとサザエ2パックを
あわせて1,000円にしてもらったのです。(実際の販売価格は5,600円でした。)
 
そこで、サザエは隣に停泊中のカタマランの人たちに1パックあげて、残りの1パックをつぼ焼きに。
そして、サバは吉川艇長がさばいて、大原コック長が調理。
1品目は塩焼きで、これはもう過去に食べたどんなサバよりおいしかったと2人とも大満足。
しかし、残りの切り身とたまごを煮付けた方は、脂が乗りすぎているせいか味もよくしみ込まず、
吉川艇長はほとんど箸を付けませんでした。
それをしっかり食べた大原コック長は、翌日の夕方までおなかの具合が悪くて苦しんだとか・・・。
 
吉川艇長に、どうしてほとんど箸をつけなかったのかと尋ねたところ、
「なんとなく危険を察知したから」だそうです。
元々吉川艇長は家にいても同様で、なにやら怪しげな気配(?)を感じると、
周りからすすめられても絶対に手をつけないことがあるそうです。
身を守るための野生のカン・・・なのでしょうか。
 

時間に少し余裕があった為か、今朝こんな写真が届きました。
これは、広報担当者が浦賀で『いそしぎ』を見送る時に写真撮影していたところを、
逆に『いそしぎ』から大原さんが撮ったものです。(顔が映ってなくてよかった(笑))
マリンポート・コーチヤさんから傘をお借りして小雨の中を岸壁の先端まで歩いて行ったのですが、
見送ってひとり取り残された時には少しさみしい気持ちになりました。
(脇に抱えている筒状の物体は、浦賀の観光マップです。
100円で販売しているのですが、とても詳しく載っていました。)
 

柏崎ヨットクラブには、今回航海中の『いそしぎ』に続き、
今月末には『
ミス日本海 IV 』(仮名)がお嫁入りして来ます。
 
そのヨットは、『ミス日本海 III 』と同じ高井理さんの設計で、『ミス日本海 III 』より1フィート短い39フィート。
5月初めに突然かかってきた国際電話1本で、知人から譲り受けることが決まり、
今月末には山形県から柏崎マリーナへと回航する予定です。
 
本日、吉川艇長夫人たちが山形へ下見に行ってきました。
外観は『ミス日本海 III 』とほぼ同じそうですが、中は全く違っていたそうです。
『ミス日本海 III 』以上にレース専用艇という雰囲気の作りだとか。
 
しかし、この『ミス日本海 IV 』というのは一時的な仮の名前。
すぐに地元の新潟産業大学へと寄贈する予定なので、そこでまた名前が変わることでしょう。
寄贈とは言っても、ヨットだけをポンとあげても大変でしょうから、
柏崎ヨットクラブで整備や指導などのお手伝いをすることになります。
大学では、体育の授業の一環としてヨットに挑戦するという話もあり、
その際には、吉川艇長をはじめとするメンバーたちが「先生」と呼ばれることになりそうです。
 
 
(雨の日曜日だからと、暇にまかせて余談が多すぎたかしら・・・。)