日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.5.26(水) 

本州最南端の串本は人情に厚い街

太地を出て2時間、14:00に串本へ入港しました。
 
串本では、柏崎市の観光産業振興協会の方が串本の観光協会へ連絡を入れてくれたそうで、
観光協会の会長さんたちから出迎えていただけました。
 
出迎えてくださった串本観光協会の中村会長さんから、
串本の町長さんも会いたいと言ってくださっていると聞かされ、
早速 田嶋町長さんにもお目にかかり、親書をお渡ししサインをいただきました。
(新聞社の方なども来ていたようです。)
 
串本町長の田嶋さんからは、串本の人形をいただき、
観光協会会長の中村さんからは、串本の金柑で作ったリキュールをいただきました。
こんな風に寄港先で町長さんなどからいただきものをしたのは初めてのことです。
(今まで、ヨット関係者などからの差し入れ等はたくさんいただいていますが。)
 
更には、町役場の職員の方おふたりから串本の観光名所を2時間ほど案内していただきました。
(串本町役場 経済観光課の谷口課長さんと井沼課長補佐さん。)
本州最南端の潮岬や、日本で一番古いという灯台、それからトルコ記念館へ。
 
トルコ記念館では、館長さんからお話を伺い、サインもしていただきました。
 
明治23年、トルコの軍艦エルトゥールル号が日本を親善で訪れた帰りに、
串本沖で台風により遭難してしまったそうなのです。
その際、587名以上の方たちが命を落としましたが、
串本の方たちは必死で69名の方を救出し、
遺体もできる限り捜索し、手厚く葬ったのだそうです。
 
そして、日本国内で寄付を集め、その寄付金を付けて生き残った方たちをトルコまで送り届けたと
いう出来事があり、トルコの人たちはその親切を今でも忘れず、教科書にも載せているそうです。
その軍艦が遭難した岬の上に、このトルコ記念館があります。
 
柏崎には、『トルコ文化村』という施設があり、そこにはトルコ人もたくさん居ます。
そんなトルコ繋がりで、柏崎と串本とは友好関係にあると聞いていたので、
今回寄らせていただくことにしました。
 
ヨットで立ち寄った私たちにも、串本の人々は本当に親切で、
人情が厚いことを身にしみて感じ、
トルコの人がいつまでもその恩を忘れない気持ちもよくわかる気がしました。
 
そして、夜は夜で(美人さんがいる)お酒の飲めるお店やカラオケへと
お誘いいただきましたが、代表してお酒が大好きな大原さんに行ってもらい、
吉川艇長は船でホームページのための写真の取り込みや送信などの作業に追われていました。
 
また、明日お邪魔する白浜でお世話になる予定の大更さんも、
『いそしぎ』が串本へ入るのを見かけて、駆けつけてきてくださり、
この辺りは暗礁も多いからと、事細かに説明していただきました。
 
今日は、ほんとうにたくさんの親切にふれることができました。
 

サインしてくださっている とてもお若い串本町長の田嶋さん。
39歳で町長になり、今は二期目だそうです。
 

 

町役場の方たちから観光案内に連れて行って
もらうことができました。
 

本州最南端の潮岬から海を眺める
大原さんと町役場の方たち。
 

トルコ記念館前で観光案内してくれた
町役場の方たちと記念撮影。

説明してくださるトルコ記念館の館長さんと
説明を聞きながら遭難場所を見る大原さん。
 

艇内でこのツーッショットは珍しいですね。
 

串本で停泊中の『いそしぎ』で記念撮影。  (この後半3枚の写真は、大更さんからの提供です。)
 
 
実は、この串本は大原さんが新婚旅行で訪れた地でもあるのです。
数十年ぶりで、とても懐かしかったことと思います。
 
そして、明日お邪魔する予定の白浜は、吉川艇長が新婚旅行で訪れた地なのです。
明日は、吉川艇長が数十年前を懐かしく思い出すのでしょうか・・・。
 
 

串本の人々が、遭難したトルコの軍艦に乗っていた人たちを必死で救助したり、
命を落とされた方たちを手厚く葬ったりした話を聞き、
広報担当者は、『風の谷のナウシカ』を思い浮かべました。
 
国が違っても、当たり前のように助け合える・・・
本当に本当に素晴らしいことだと思います。
 
戦争だのテロだの拉致だの・・・、そんなことがない世の中になって欲しいと心から思います。