日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.6.2(水) 

神戸の底力を感じられた寄港地

昨日がお休みだった泉大津マリーナでは、
市役所の方から鍵をお預かりして1日お世話になりました。
なので、今朝はハーバーマスターが来るのを待ち、
ご挨拶をして鍵をお返ししてから9時に出港しました。
 
朝から空は薄曇りで時々太陽が顔をのぞかせるという、過ごしやすい1日で、
風は北寄りの風が5〜6m、波は50cmと言ったところ。
 
出港時間が変わり、少し余裕ができたので、
大阪湾を気持ち遠回りする感じで、陸に沿って走ってみました。
 
大阪湾内ではゴミが目立ち、今日もトローリングはなし。
瀬戸内海での楽しみということにしておきます。
 
途中、大掛かりな工事をしているところがあり、
かなり広範囲に渡り海を埋め立てているように見えました。
どうやら、神戸空港の建設現場らしいですが、
すぐ近くには関空もあるのに、神戸にも大きな空港ができるのでしょうか。
 
急に立ち寄ることとなった新西宮ヨットハーバーへ11:30に入港。
着いた早々お昼をご馳走になり、14:30には出港と短時間の寄港でしたが、
規模だけでなく実際に置いてある船の数も多く、横浜ベイサイドマリーナと同じくらいある感じ。
海外からのヨットもビジターバースに係留してありました。
 
15:00には、神戸大学海事科学部の専用ヨットハーバーへ入港。
大学に専用のヨットハーバーがあるなんて、そうそうあることではありません。
(もしかしたら、日本でここだけ?)大変うらやましい環境です。
 
今日は、ここ神戸大学海事科学部で場所をお借りして、
瀬戸内海〜下関までの航行予定について、関係者が集まっての会議を行いました。
 
瀬戸内海エリアの各地からご協力いただいている方々がお見えになり、
このエリアでお世話役をしてくださる地域交流センターの岡本さんとも3週間ぶりの再会。
(岡本さんは明日から何日か一緒に航海をする予定。)
また、本事業の実行委員長・田中さんも思いがけずお見えになりました。
(田中さんは、ここから四国へ行かれるのだそうです。)
 
会議の後は、『いそしぎ』を係留してある桟橋で歓談。
お酒を飲まない吉川艇長も雰囲気に酔ってしまいそうなほど、
素敵な場所で素晴らしい方々と面白いお話がたくさん出来、
とても楽しく有意義なひとときでした。
 

新西宮ヨットハーバーの管理を担当している
県庁職員の吉野さん。
渡部さんにもお世話になりました。
 

堀江謙一さんの『マーメード号』の1つ。
このかわいい船で太平洋を横断されました。
また世界一周に出かけられるそうです。
 

ビジターバースに係留中の『いそしぎ』。
他の2艇は海外からのヨットでした。

ビジターバースからのセンターハウス。
3F建ての素晴らしい建物です。
 

神戸大学内の一室で、瀬戸内海各地の方々にもおいでいただいての会議。
 

会議後に、大学のポンツーンで記念撮影。
右の写真で、フラグの右側を持っているのがヨットを担当している石田先生、
左端の山下先生は、新潟県巻町のご出身だそうです。
 

 

会議後の歓談。
瀬戸内海各地でそれぞれ中心的存在の方々が
一堂に集まり、なかなか良い話が聞けて、
有意義な時間が過ごせました。

明日四国へと渡る途中で顔を出してくれた
田中実行委員長(真ん中)と、
神戸大学海事科学部学部長の西田さん(右)。
左は、明日から『いそしぎ』に乗る岡本さん。
 
 

堀江謙一さんのホームポートでもあるという新西宮ヨットハーバー。
本文中にもあるように、今日になってから急に立ち寄ることになったのですが、
とても親切に対応していただき、お昼までご馳走になってしまいました。
 
規模といい施設といい、素晴らしいヨットハーバーです。
第三セクター方式での運営なので、管理を担当する県庁の職員の方もいらっしゃいました。
(その県の方から、とても良くしていただきました。)
 
この新西宮ヨットハーバーは、何年経っても決して忘れることのできない
阪神淡路大震災があった年(平成7年)の4月にオープンが予定されていたそうですが、
オープン間際にあの震災により壊滅的な被害を受け、1年ほど開港が遅れたのだそうです。
 
そのようなことをも乗り越えて、見事に開港したハーバーは、
施設や規模などの器だけでなく、実際に置いてある船の数も多く、
ここまで来る間の、それぞれが胸に抱えているであろう様々な想いを考えると、
言葉にできない気持ちになりました。
 
 
また、今夜の停泊地 神戸大学の海事科学部のヨットハーバーを
利用させてもらえることにも、関係者に深く感謝しています。
 
大学に専用のヨットハーバーが(しかも構内に)あるなんていう話は、
今までに聞いたことがありませんでしたし、施設も船も想像以上でした。
今までは外部からの船を受け入れたことがないというお話。
今後は、外部の船の受け入れもする方向で考えたいとおっしゃっていました。
(ということは、もしかして今回の『いそしぎ』が弟1号なのかもしれません。)
 
 
 
吉川艇長の携帯電話は、時々繋がらないor出てもらえない時があります。
昨夜も数時間に渡り「只今運転中の為、電話に出ることができません」とのアナウンス。
いったいどこで何を運転していると言うのやら・・・。
「きっと、マナーモードにでもしようとして間違えたのだろう」と思っていたら、案の定でした。
(昨夜は、いつまで経っても気づかないようなので、大原さんに電話をして
 「電話が繋がらないよ」という伝言をお願いして解決。)
 
しかし、吉川艇長の場合は、携帯電話を持つようになってからずいぶん経つ割には、
つい最近まであまり活用していないようでした。
 
まず、第一に携帯電話を置き忘れて出かける&持って出ても身につけていないことが多々あり、
「そんなに頻繁に携帯していないんだったら、『不携帯電話』に名称を変えた方が良いのでは?」と
意見させていただいたこともあるホド。
 
そのくせ、通じるわけでもないのに海外旅行に持って行って、某国の空港で盗難に遭ったことがあるという
珍しい経験の持ち主で、どういう基準で携帯しているのか理解不能な状態でした。
 
この航海が始まってからは、関係者や家族等との連絡からインターネットまで、
携帯電話がないと困る場面が多いため、極端に携帯電話を利用しまくるようになりました。
(通話料もパケット料金も、いったいいくらになっているんでしょうね?(怖))
 
いつも その存在を忘れられがちで悲しい思いをしてきた吉川艇長の携帯電話も、
ヨット生活から戻ったら、今度はちゃんと日頃から携帯してもらえるようになるのかしら・・・。