日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.6.3(木) 

淡路島に寄り道

今日もうす曇り・・・と思ったら、だんだんいいお天気になりました。
東の風が2〜3m、波は50cmと穏やかな海です。
追い風で2〜3mなので、ヨットの上では無風に感じます。
 
予定より少し早めの7:30に神戸大を出港。
交流センターの岡本さんと、木場までの案内役として菅原さんが乗り込み、今日は4人です。
 
六甲アイランドやポートアイランド、そして神戸の街並みを眺めながら進み、
昨日も目にした神戸新空港の建設現場の近くも通りながら、淡路島へと向かいました。
 
 空港建設工事の関係か、バージ船を多く見かけました。
再来年の国体に間に合わせるために、来秋開港予定だそうです。
橋だけはある程度完成しているようで、その下をくぐりましたが、
高さが20mしかない為、マストの先まで15〜16mあるヨットでの通過は、
ぶつかるのではないかと少し心配になりました。
(ちなみに関空の連絡橋の高さは25m。)
 
 明石海峡大橋を見ながら左へ曲がり、10:30には、淡路・交流の翼港へ入港しました。
名前の通り、翼(断面図)のような形をしている港です。
 
入港して驚いたのが、新聞記者さんたちのお出迎え。
朝日新聞、神戸新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞と各紙揃っての取材があり、
一度にたくさんの記者さんから取り囲まれたら、過去の出来事を思い出してしまいました。
その思い出については、当サイト内にある「歩み」を見てご想像ください。
(記事が掲載されたら、その新聞が欲しいのですがどなたかご協力ください。by.広報担当者)
 
この淡路・交流の翼港は、淡路夢舞台などがある淡路島国際公園都市の海からの玄関。
神戸からも気軽に日帰りできる距離なので、釣りやセーリングに訪れる人たちがいるとのこと。
1995年の震災を教訓に防災に力を入れた設計へと切り替えた為に完成が遅れ、
約2年遅れの2000年に完成となり、その年には淡路花博を開催したそうです。
(本当は、明石海峡大橋と同時に完成予定だったとか。)
 
財団の会長さんからは、記念品と博覧会の冊子の他に飲み物の差し入れまでいただきました。
淡路夢舞台の住所があるところは、淡路町から分立した東浦町だそうですが、
淡路町長の今津さんも駆けつけてくださいました。
淡路夢舞台の社長・津田さんともお会いできました。
 
今回の急な寄港でお世話になった大谷さんは日本料理店をしているそうで、
町会議員をされている奥様も一緒に出迎えてくださいましたが、
次のスケジュールがあった為に、ゆっくりする余裕がなく、
12:00には出港となりました。
 


女性おふたりに囲まれて、
鼻の下をのばす吉川艇長。
(↑と艇長が自分でコメント)

淡路夢舞台の方から、すぐにメールで届いた写真。
 

鼻の下が伸びすぎなのを隠す為に小さい写真?
 
 
 

その辺りは潜水艦を見かけることが多いらしいと聞いたので、遭わなかったかと聞いたところ、
「今日は遭わなかったけど、そういえば昨日神戸大に入港する時に見た」とのこと。
大きな潜水艦が浮上していたそうです。
入港前で写真を撮る余裕がなかったのでしょうか。(残念。)
 

 
・・・と書いたのを読んだらしく、6/5に吉川艇長から潜水艦の写真が届きました。
 
 
写真といえば、撮るもの(被写体)も撮るタイミングも人それぞれ。
広報担当者は、イベントでもなければ人を写すことはなく、植物や空などを撮ってばかり。
たまに、身近な動物などにカメラを向けることもあります。(昔は車ばかりを撮っていました。)
 
ふつうは、何かの折に記念撮影をして写真に残す・・・ということが多いかと思います。
この航海でも、毎日毎日たくさんの写真を撮り、こうしてホームページにも掲載しているわけですが、
吉川艇長が写真に残したいと思うシーンは、人とは少し違うのかもしれないと思われるふしがあります。
 
今はもう存在するのかどうかも定かではありませんが、
吉川艇長の古いアルバムに張られている写真がソレを物語っていました。
 
ふつうであれば、家族揃っての写真や、子供のお宮参りに七五三に入園・卒園、入学・卒業などの
節目ごとの写真、あとは家族旅行や行楽の写真などがたくさん貼ってあるものだと思います。
 
しかし、艇長のアルバムは違っていました。
ヨットの整備風景やアマチュア無線のアンテナ(数種類)を立てた時などの趣味の記録が目立つのは、
まだわかります。(少し割合が多すぎる気もしますが。)
中には、法事などで親戚が集まった際の写真や、家族を写した写真もありました。
しかし、その中でやたらと目立つのが、長女のトホホな姿を収めた写真。
 
パンツ丸出し(←子供の頃の話ですからね)で遊びに夢中になる写真はまだいいとして、
お出かけのためによそゆきのワンピースを着せてもらったのに、早速転んで洋服は汚れ、
タイツには穴があき、べそをかいているぶさいくな写真。
そうかと思えば、吉川艇長が田んぼをしている脇で、頭から代掻き直後の田んぼに落ちて、
まるでチョコレートコーティングされたように全身泥だらけの写真。
(この時、長女は息もできないほど苦しんでいるのに、吉川艇長は泥を洗い流すでもなく、
 速攻でカメラを取りに走ったそうです。)
そんな写真がやたらとアルバム内に目立つのです。
娘のかわいい姿を撮ろうとは思わなかったのでしょうか。(もしかして、かわいい姿などなかったとか?)
しかし、次女の写真は すましたかわいい写真ばかりだったような・・・。 いったいなぜ?
 
夫婦は長年一緒にいると似てくるものだと言いますが、
ほんの数年前からカメラを手にするようになった艇長夫人もまたそういうふしが・・・。
長女がお昼寝中に、胸からおなかにかけてドーンとでぶ猫に乗られてうなされている姿を見て、
猫をおろしてくれるでもなく、写真におさめていました。
 
ちなみに、吉川艇長が、いちばん最近撮った長女の写真は、
船酔いして苦しみながら横たわっている写真でした。