日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.6.17(木) 

大島は海上で華やかな出迎え

今日は8:30に由宇を出港。
出港時には、町長さんたちが見送りに来てくださいました。
 
今朝の中国新聞山口版に、カラー写真入りで記事が載っていると、
町長さんが持ってきて見せてくださいました。
 
また、昨夜早速メールをくださった議長の松村さんは、ご自宅で農業もされているそうで、
とれたてのおいしいトマトを持ってきてくださいました。
すでに、由宇町のトマトがどれほどおいしいのかは味見済みだったので、
いくらでも食べられると言わんばかりに、遠慮なくいただきました。
 
今日は、うす曇りの中を出ましたが、お昼頃から青空になりました。
風や波はまったくなく、ずっと穏やかすぎるほどの海なので、
ここのところ セーリングがほとんどできていません。
(強烈な台風が近づいてきているようですが、
こういった状態を「嵐の前の静けさ」と言うのでしょうか?)

 
 
今日も時間調整が必要となり、まずはいったん久賀町の
椋野という小さな漁港へ9:30に入港しました。
(大島、久賀、東和、橘は今年の10月に合併することになっており、
合併後は『周防大島町』となるそうです。
すでに合併したものと勘違いしていましたが、
大島商船高等専門学校の庶務課の方から教えていただきました。)

 
この漁港へ入る際、海が黒く見える部分があることに気づき、寸前で舵を切って迂回。
ハンディGPSの電子チャートにも載っていませんでしたが、
海に沈んで姿を隠していたのは防波堤だったのです。
3時間ほど漁船に抱かせてもらって休憩した後、12:40に出港した時には、
潮が引いてしっかりと姿を現わしていました。
(あの防波堤に気づかずぶつかっていたらアウトでした。)
 
予定にないところへ時間調整のために入港すると、何も情報がなく、
こんな危険が待ち構えていることもあります。
水深計でわかる頃には、すでに座礁しているので手遅れ。
自分の目を使って細心の注意を払うしかありません。
 
 
 

 
13:00には、大畠瀬戸にかかる大畠大橋をかわしました。
(写真は、大畠瀬戸に向かうところ。前方に見えるのが大畠大橋です。)
 
大畠瀬戸は、鳴門と並んで潮のきついところで、潮流は最高で8ノットにもなるそうです。
大畠大橋の橋脚には、轟々と音を立てて潮がぶつかっていました。
事故も多いところだと聞かされていましたが、
5ノットの追い潮で、10ノットを超すスピードで狭いところを通過中に
フェリーが来たり・・・と、緊張する場面もありました。
 
14時を過ぎると向かい潮になると教えてもらっていたので、この時間を選んで通過。
椋野では、それまでの時間調整をしていました。
 
 
次は、大島商船高専の方々が出迎えてくださる時間までの調整。
笠佐島の陰に隠れるように、砂浜の沖合いでアンカリングして待機しました。
 
時間を見計らい、16:00を過ぎて船を出し、
16:30には大島の小松港沖で、大島商船高専の方々から出迎えていただきました。
 
高速艇、カッター、ヨット、ソーラーボートによる華やかなお出迎えで、
カッターは船の脇で櫂立てをして歓迎の意を表してくれました。
舟を漕ぐ姿も揃っていて見事でした。
残念ながら、ソーラーボートの存在は海の上ではよくわからなかったのですが、
沖まで出てきてくれたということは、大会にも期待が持てる出来なのでしょうか。
(弓削商船高専でも製作していたので、同じ大会に出るのでしょうね。 by.広報担当者)
 
16:50に大島町の小松港へと入港。
商船高専のポンツーンに船を着け、セレモニーを行い、
町長さんからフラグにサインをしていただきました。
 
1枚目のフラグが、寄港先のたくさんの方たちによるサインでいっぱいになったので、
ここ大島町で2枚目のフラグへの初サインとなりました。
 
セレモニー後は、練習船『大島丸』の中で歓迎会をしていただきました。
大島町役場の方と商船高専の方たちとが十数名。
このすぐ沖で釣ったばかりのアジをお刺身でいただきながら、
18:00過ぎには、たった今の出迎えからセレモニーの様子を、
地元NHKのニュースで見ることができました。
(今までにもTV局の取材はありましたが、自分たちで見ることができたのは初めてです。)
 
歓迎会では、面白い話が色々と聞けました。
さすがは商船高専の先生! 授業さながらの説明もあり、学生になった気分で聞き入りました。
タイタニックは何故沈んだのか・・・や、1マイル(海里)の雑学や、舟と船の違いなど、
こんな授業だったら学生たちも楽しみながら勉強できるだろうと想像しながら、
20:00過ぎまで盛り上がりました。
 
近くに銭湯がないかと聞いたら、町役場の企画財政課長の奈良元さんたちが
車で近くにある温泉へと案内してくださいました。
 
この温泉、大畠大橋のたもとにあるのですが、ちょっと変わった温泉なのです。
どう変わっているかと言うと、温泉に浸かりながら演歌が聴けるという趣向。
ホールでは、音楽だけでなく映像まで流れていました。
ここは、演歌の作詞家として有名な星野哲郎さんのご出身地なのだそうです。
(吉川艇長の歌う曲では、北島三郎さんの「風雪流れ旅」が星野さんの作詞。)
 
演歌を聴きながら、大きな温泉を貸切状態で楽しんだ後は、
また町役場の方たちから車で船まで送っていただきました。
(このポンツーンは、なんと 車で船のすぐ脇まで乗り入れられるのです。)
 
今日も楽しい1日でした。
 
 

 

大島商船高専の今年入った高速艇。
(ここでも大畠大橋が後ろに見えます。)

ヨットはきれいに並んでセーリング。
ヨット部の方たちです。
 

カッターの櫂上げには感動。

息の合った姿が見事でした。
 

ポンツーンで町長さんがサイン。
後ろに見えるのが練習船の『大島丸』。

たくさんサインをいただいた1枚目と、
初おろしの2枚目を並べて記念撮影。
 

練習船『大島丸』での歓迎会。 宴会兼授業のようで楽しいひと時でした。
手前の真ん中が学長さん、吉川艇長の隣が三原先生です。
 
 

ここ大島町は、今年の4月に合併したばかりだそうですが、
地域交流センターの岡本さんと米村さんは、おふたりとも大島町のご出身なのだそうです。
 
おふたりには、瀬戸内海での寄港先の色々な手配でお世話になったり、
途中何度か会議で足を運んでもらったり、岡本さんにはクルーとして乗り込んでもらったり。
残念ながら、地元である大島へはお越しいただけませんでしたが、
素晴らしい環境で生まれ育ったのだと うらやましく思いながら、
大島町での時間を過ごしました。
 
 
まさかここで演歌の話題になろうとは、広報担当者も思いもしませんでした。
 
若い頃から多趣味で凝り性な吉川艇長は、ヨットや飛行機(モーターハンググライダー)以外にも
書ききれないほどの趣味があります。
その中には、オーディオ関係(自作)やフォークギターやアコーディオンといった楽器など、
音楽関係の趣味も色々ありましたが、ある程度の年齢までカラオケはまったくしない人でした。
 
吉川艇長がカラオケを始めたのは、田舎の小さな町の郵便局長になった頃からでしょうか。
やはり、そういう立場になると、「いえ、私は歌えませんので・・・」では済まなくなったのでしょう。
 
始めてみれば凝り性な性格ですから、当然のことながら色々と買い揃え、
最初は8トラのカラオケ専用機で、次はレーザーディスクへと移り、最後は通信カラオケです。
(携帯電話の入りも悪く、通信カラオケの電波が届くとは思えないところに住んでいるのですが、
 そんな場所でも使えるものなのですね。)
忙しくて家で歌う暇など年に1〜2回しかないのでは?と思われますが、
それでも、一通り揃えておかないと気がすまないようで・・・。
 
得意・・・かどうかは別として、よく歌うものには北島三郎さんの曲もいくつかあり、
その中に、本文中にも書いた星野哲郎さん作詞の曲もあるというわけです。
実は、吉川艇長の携帯電話の着メロの1つは、その「風雪流れ旅」だったりするのです。
(寄港先では、その着メロを耳にしたことのある方もいらっしゃるのでは?)
 
そういえば、大原さんの歌は聴いたことがまだありませんでした。
前半終了後に地元へ戻ってきた際にでも、ヨットクラブの仲間たちで集まり、
お土産話の報告会を兼ねて、大原さんの歌でも聴かせてもらいたいものです。
(その際には、鞆の浦の保命酒をみんなで1口ずつ味見・・・かな?
 串本の金柑のリキュールも味見したかったけど、もう大原さんが飲み干しちゃったでしょうね。)