日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.6.26(土) 

長崎から新潟へ帰還

ハウステンボス3日目も雨。今朝は雷というおまけ付き。
 
時間ギリギリまであれこれと作業をしましたが、
やり残したことが山積みという状態で、
後ろ髪を引かれつつもハウステンボスを出国。
(ビザは要らないのですが、やはりハウステンボスは異国の地という感じ。)
 
時間のない中で慌しく作業を切り上げ、帰りの支度。
そして、出国してから全日空ホテルで昼食をとりました。
大原さんと艇長夫人は軽いセットを頼み、吉川艇長は前半最後の食事もカレーライス。
(やはり今も、周囲が思っている以上にカレーライスが好きだった模様。)
 
ハウステンボスを出て、
「あぁ、日本に帰って来たぁ。」という気分を味わい、
バスで福岡空港へと向かいました。
 
天候により心配していた飛行機も無事に飛び、
大雨が予想された新潟は、朝からの霧雨も夕方には晴れ間が覗くまでに回復。
お月さまの輝く新潟空港へと20:00に到着しました。
 
吉川艇長の車を借りて出迎えた広報担当者は、
前半の航海日誌最後の写真となる到着口へ出てきた3人の姿を撮影し、
笑顔で再会となりました。
 
高速道路からは、すぐ近くに打ち上げ花火が見れました。
(あれは巻町?)
 
車中では、あれこれと前半の航海を振り返っての思い出話に花が咲き、
あっという間に大原さんを自宅へと送り届け、
吉川艇長宅へ到着したのは、21時半頃でした。
 
あらためて・・・ 前半の航海、大変お疲れさまでした。 by.広報担当者
 
 

3日間、いやな前線で雨にたたられた長崎でした。
 

笑顔で新潟空港へ降り立った3人のクルー。

 

昨日、幻の『ミス日本海IV』が柏崎マリーナへ到着しました。
5月末回航予定でしたが、諸事情により昨日1ヶ月近く遅れてのお嫁入り。
 
なのに、肝心の吉川艇長&艇長夫人は間に合わず、
他のミス日本海メンバーの方たちに対応してもらい、
柏崎マリーナさんでも困ってしまっている状態。
 
吉川艇長名義でビジター扱いで係留中となっていますので、お早いお戻りを・・・。
 
 
久しぶりに吉川艇長宅にやってきた広報担当者ですが、
いきなり「えっ?」と驚く状態を目撃することとなり、朝から大変な目に遭いました。
 
まずは、今日 吉川艇長の車を借りて広報担当者が空港まで出迎えに行く手はずになっているのですが、
借りるはずの車のフロントバンパーが片側はずれてぶら下がっている状態。
(夢の島マリーナ出航時には、こんな姿ではなかったのに・・・。)
 
リンホースメントが微妙に曲がっていましたが、他は平気そうなので、
とりあえずは無視してバンパー(カバー部分)だけは取り付け、見た目は元通り。
 
と思ったら、運転席側のライトも割れているので、
応急処置で透明の荷造り用ビニールテープを貼って、雨などの水が入らないようにだけしました。
 
家の中では、冷蔵庫の自動製氷器が壊れたままだと艇長夫人が言っていたことを思い出し、
それを直してからイスに座ると、4台並んでいるビデオデッキのうち1台だけ何故かヘッドが丸見え!
留守番をしていた吉川家次女に聞いたところ、
「新品のテープを入れたら出なくなって、無理矢理出したらそうなっちゃって・・・」
ということですが、とりあえずこの作業は艇長のために残しておくこととして。
 
一度近所のおじさんから刈られた 吉川家長女の育てているハーブたちが
芽を出して伸び始めている・・・と思った矢先に、
またまた今日の午前中、おじさんからあっさりと刈られてしまい、慌てて拾い集めて、
空いていた大きなプランター2つ分に挿し芽。
 
艇長のお母さん(もうすぐ88歳のおばあちゃん)が元気なことだけが、
唯一ほっとできることでした。
 
各種書類等もたくさん届いているようですし、艇長は帰ってきてもゆっくり落ち着けそうにないですね。
 
広報担当者も、おかげですっかり半日潰してしまいました。
(ホームページの更新に手をつける暇もありませんでした。)
 
 

さてさて、ようやくクルーたちが新潟へと(いったん)戻って参りました。
 
空港で再会した大原さんが最初に語ったことは、
「何でも完璧だと思っていた吉川さんも、たまには失敗があることがわかって安心したよ」
という言葉。
 
いったい何故このようなセリフが出たのかと言うと、
航海スタート直後の日誌にも書いた、吉川艇長の忘れ物の話です。
三崎で別れる時に、「吉川艇長はよく忘れ物をするから、気をつけてあげてくださいね」
とお願いしてあったのですが、その時にはまだ話半分で聞いていたようなのです。
 
なのに、ハウステンボスで(じゃんけんにも遅出しして負けて)1,050円で購入した傘を、
空港まで乗せてもらったバスの中に置き忘れてきてしまったのです。
たった2日しか使ってもらえなかった傘・・・。
 
大原さん曰く、
「いつも何でも自分でやる人なのに、艇長夫人が来たとたんに人任せになった」そうです。
たぶん、艇長夫人に絶対の信頼を寄せているので、甘えて気が緩むのでしょうね。
 
吉川艇長は、航海が楽しくて楽しくて仕方なかったようで、
本心では、半分 家に戻りたくなかったみたいです。
本人にもそこのところを確認したところ、はっきりとは言葉にしないまでも、
笑いながらうなずいていました。
 
大原さんも、実は珍しく髭を伸ばしていました。
(前半に、やはり珍しく髭を伸ばしていた吉川艇長は、
航海日誌の写真を見た艇長夫人から叱られて途中で剃りましたが、
大原さんは最後まで伸ばし続けたそうです。)
 
大原さんが言うには、なんでも髭は「自由の象徴」なのだそうです。
家に帰ったら、きっと奥さまに言われてすぐ剃ることになるのだと、
自分でも覚悟しながら伸ばしていました。
 
今日の航海日誌が更新される頃には、髭のない大原さんに戻っていることでしょう。