日本ぐるっと一周海交流<西回り>

航 海 日 誌

2004.7.29(木) 

隠岐へは行かず境港に

今日は、朝焼けを眺めながら 大社を5:00に出港しました。
 
怪しい動きの台風10号が徐々に近づいてきていますが、今日も快晴。
東寄りのよそ風を受けながら、境港を目指しました。
 
本当ならば、今日は隠岐諸島の海士町へ入るはずでしたが、
台風の動き次第では、行ったらそこで何日か足止めされかねないと、周りの方たちが
心配してくださり、行かない方が良いのではないかというアドバイスもあった為、
行けないことはなかったのですが、無理をせずに直接境港へ向かうことになりました。
 
隠岐は、日本海側初で この航海最後の島になると思っていたのですが、
これで日本海側では島への寄港がなくなりましたね。 by.広報担当者

 
15時頃には到着できるだろうと思っていましたが、
予想よりずいぶん早く 13:45には入港しました。
 
 
到着したと思ったら、息つく間もなく港湾管理事務所と市役所に案内され、
マリーナに戻ったと思ったら、すぐにホテルの温泉(大山の麓)へ連れて行っていただき、
今度こそ帰ってきたかと思ったら、夕食へ・・・ といった状況で、
吉川艇長は携帯電話を2つとも忘れたまま外出していました。
(その間、連絡の取れなかった方々、大変失礼いたしました。)
 
おまけに、食事をしたところでは「もう看板過ぎてますので・・・」と言われるほど。
気がつけば23時過ぎまで4時間も居たことになります。
様々な話で盛り上がっていたので、時間の感覚がなくなっていました。
 
最後のオチは、こちらでの受け入れでお世話になっている
中島さんが お酒をたくさん召し上がる方で、
マリーナまでの帰り道は全員を乗せて、吉川艇長が運転となりました。
 
豪快で愉快な中島さんからは、夕食時の会話の中でとても良いご提案をいただきました。
 
それは、吉川艇長が行く先々であまりにも色々な方から良くしていただくことに、
その場ではお礼のしようもなく心苦しいほどだと洩らしたことから、
「それは、お互いさまなので、出かけた時は甘えさせてもらって、
その分、自分たちのところへそういった人たちが来たら、
お世話することでお返しするしかないと割り切った方が良い」
と言ってもらったことから始まりました。
 
もちろん、吉川艇長も昔からずっと柏崎へ寄港される方たちには、
どこかから連絡が入れば、できる限りのお世話をさせていただいています。
(柏崎にマリーナができるずっと前から、ヨットが入ると
誰からとなく吉川艇長に連絡が来るようになっていました。)
 
そんな話から、ヨットで たくさんの方たちが日本周航などをされていて、
中には何度も(何周も)されている方もいらっしゃいますし、
また、それぞれの地域で、そういった方たちを受け入れてお世話してくださっている方も
大勢いらっしゃるわけですから、そんな方たちにお声がけをして、
日本一周情報交換会(仮称)のようなものを開きたいという提案へと繋がりました。
 
吉川艇長が10年以上前から取り組んでいる、環日本海クルージングネットワークを
日本全体に広げたような構想で、これには一同大賛成となりました。
この席にはいらっしゃらない舵社の田久保さんにでも音頭をとっていただき、
ぜひやりたいと大いに(しかも勝手に)盛り上がりました。
(こんな調子なので、4時間はあっという間だったと思われます。)
 
一緒に盛り上がったメンバーというのは、今回の受入れを引き受けてくださった
中島さんと、澤さん、そして室蘭で買ってきたヨットを回航中でたまたま境港へ
入られていた広島県のご夫妻、そして『いそしぎ』のふたりでした。
 
共通のヨット関係者の話が出たりと、話題は尽きず、
急遽 予定を繰り上げて入港したとは思えないほど、
境港では1日目から楽しい時間を過ごすことができました。
 
 
話が前後しますが、到着後に戻します。
 
今日からお世話になるのは、境港の公共マリーナで、国体開催時に作られたという
広いマリーナです。 係留料や上架など、とにかく料金が安いのだそうです。
境港は海抜2mしかなく、マリーナも海面スレスレ。
桟橋に舫っているヨットへの乗り降りは、よじ登らなくてはいけません。
 
元々低いところへ、数年前の大きな地震でも地盤が下がったりしたそうです。
 
あの地震は、阪神・淡路大震災よりも大きな地震だった割に、
亡くなった方なども奇跡的にほとんどなかったので、
街自体の被害もあまりなかったのかと思っていましたが、
全国ネットのニュースであまり流れなかっただけで、実際はかなり被害があったようです。
そういえば、境港の漁港辺りで岸壁が割れたり、屋根を支える柱が倒れたりしている
映像をテレビで見た記憶があります。 by.広報担当者

 
港湾管理事務所では、事務局長の向井さんからサインをいただきました。
事務所は、JR境線の終点・境港駅に隣接した建物(みなとさかい交流館)の2Fにあり、
境水道のすぐ脇といった良いところにありました。
 
次に訪問した市役所では、この25日に初当選したばかりの新しい市長さんは
挨拶回りのためにお留守で、助役の竹本さんからフラグへサインをいただきました。
 
 

朝5時に大社を出港した直後。 沖から大社を眺めての朝焼け。
 

港湾管理事務局長の向井さんから
サインをいただいているところ。

向井さんと中島さん(左)と、
フラグを持って記念撮影。 
 

境港市助役の竹本さん(右)からサインをいただきました。
 

 

左は、広島のご夫婦が室蘭で買って回航中のヨット。 台風の心配がなくなるまで上架中。
右は、明後日に進水式が予定されている新艇。(岡崎の32.5フィート。)
 

国体の時に作られたという広いマリーナ。 向こうに見える建物はホテルです。
 

  話が盛り上がって4時間も居座りました。
 
左が受入れでお世話になっている中島さん、
真ん中が、先生をされている澤さん、
右側のおふたりが、室蘭から購入したヨットを
回航中のご夫妻です。
 
 
 
台風の影響で関東では朝から雨の地域があります。
しかし、気温はほとんど下がらず、湿度が上がっただけという状態。
北関東では、空がだんだんと明るくなってきて、すぐに雨が上がりました。
 
関東の沖から西へと日本を回りこんでいる台風10号ですが、
これで、関門海峡を抜けて日本海側へ入り、東寄りに進路を変えたりしたら、
『いそしぎ』のルートを辿ることになりますね。
 
そんなことは有り得ないとは思いますが、なんだかコースがかぶっているような気がして。
少し遅れて本州東回りの台風が発生して、台風の方がひと足早く柏崎で同時にゴール・・・
などということにならないことを祈ってます。
 
 

この航海で寄らせていただいた先でお世話になった方たちの中には、
その後も『いそしぎ』の動向を気にかけてくれている方たちがいらっしゃいます。
お世話になった上に、改めて応援メッセージなどをいただいたりすると嬉しくなります。
 
たくさんの方から支えられて航海をしているんだと改めて感じました。
ヨット仲間・海仲間というのは、本当に良いものですね。
 
 
吉川艇長のヨット仲間と言えば、各地で活躍している方たちがたくさんいますが、
つい先日、思いがけないところからそのうちのひとり・山田誠治さんのお名前が飛び出しました。
 
近況がわかるかと思い、山田誠治さんのサイトを覗いてみたところ、
以前の航海日誌の中に吉川艇長の名前を発見。
 
おまけに、そのページには『いそしぎ』と同じように、
流れていた網がからまった体験談も載っていました。
(しかも、『いそしぎ』より大変なことになっていたみたい。)
 
そのページというのは、
こちらです。
(最近ドメインを取得してサイトを移動したそうですが、これは古いURLの方です。)
 
艇長の名前が出てくるのは、一番最後の部分。
同ページ前半には、今日『いそしぎ』が停泊中の境港公共マリーナでの話も出てきます。
その次のページには、『いそしぎ』の前のオーナー・大井さんも登場。
 
やはり 長い航海をすると、慣れた人でも色々ありますよね。
今更ながら、お疲れさまでした。
(オーストラリアでも大変だったようで、そちらもお疲れさまでした。)
 
サイトには、広報担当者も必死で見た覚えがある
『緋色の記憶』というドラマの紹介ページもありました。
 
このドラマは、國村準さんや鈴木京香さんが出ていたのですが、
「友達からもらったボロ船を修理して、世界一周に出る」ということで、
そのボロ船(失礼(汗))に選ばれたのが、山田誠治さんの『StardustW』だったのです。
(ボロだから選ばれたわけではないですので、誤解のないようにお願いします。
念を押しておきますが、決してボロ船なんかじゃないですからね。)
 
油壺造船所での整備風景やセーリングのシーンなども多く、
知っている人のヨットだからということもあり、
広報担当者にとっては、『StardustW』が主役のドラマでした。
 
 
日本一周で柏崎へ寄港したヨットの中で、広報担当者に印象深かったのは、『うみまる』。
その後、ハウステンボスに引っ越した『うみまる』ですが、日本一周をした際には、
柏崎寄港時に吉川艇長も艇長夫人も出迎えることができず、
吉川艇長のふたりの娘&地元新聞社の方が出迎えたなどということもありました。
 
夜にはクルーの希望で中華料理店で懇親会を開き、
翌日の新潟市での盛大な歓迎会へも吉川艇長は家族で足を運びました。
 
1つずつ思い出すと、地元にいて出迎えたヨットマンたちそれぞれに、色々な思い出があります。
こういった人の輪がますます広がることを願っています。
 

こんな懐かしい写真も発見!
 
 『うみまる』の新潟市での歓迎会で
撮った写真の1枚です。
 
吉川艇長も髪が黒々として若いですね。
(写真の日付は、1996年6月です。)