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今日もきれいな朝焼けを見てから出港しました。
ヨットの近くにワタリガニがやってきたので、いただいてしまうことに。
捕れたてのワタリガニのお味噌汁で、なんとも贅沢な朝食となりました。
5:50に輪島を出港しましたが、今日もまた素晴らしいお天気。
出港後は、北の風が2〜3mで、ほとんど機走。
波はまったくありませんでしたが、少しうねりがありました。
優雅にコーヒーを味わいながら、雲ひとつない快晴の下を航行・・・していたら、
この航海2回目となる、流れ網に引っ掛かるというハプニングが発生。
何かにぶつかったような衝撃がありましたが、水深50m以上あるところだったため、
すぐに何かを引っ掛けたと思い、停止。
泳ぎたくて仕方のないゲストクルーが1名居たため(←大井さん)、早速潜っていただきました。
ペラにからみつく前だったので簡単に外れましたが、前回と同じくらいのかなり大きな網でした。
11時頃には、能登半島の先端(禄剛崎〜金剛崎)をかわしました。
この辺りから、風が南からに変わり風速10m程度と急変。
白波が立つ中、真上りの風にタックを繰り返すというセーリングを久しぶりに味わいました。
今日もお夕飯用のお魚を釣り上げ、
14:30に九十九湾・能登小木へと入港しました。
リアス式で入り組んでいる小さな湾のほっとする景色を眺めながら、
地元の方にお聞きして、観光船も着く岸壁へと舫わせてもらいました。
(これは、以前Kasayanさんが係留したのと全く同じ場所。 by.広報担当者)
以前、「いつでもヨットで来てください」と言ってくださった女将さんのいるホテルは、
お盆のいちばんお客さまが多い時期だったためにお風呂も無理そう。
そこで、電車に乗って一駅隣の縄文真脇へ行きました。
縄文時代の遺跡が出たことから、「縄文」と付いている真脇には、
遺跡公園などもあり、丘の上には10年ほど前に温泉施設ができ、
今日も大勢に人たちが温泉を楽しんでいました。
汗を流したあと、そこで食事もして帰って来ました。
館内には、縄文土器で食事ができるところもありました。
ヨットに戻ってから、夜 大井さんと吉川艇長はヨットの上から釣りを楽しみました。
大井さんはこませを撒いてさびきでアジなどを釣り、
吉川艇長はイソメを餌につけて、小鯛などを釣り、
短時間でかなりの数が釣れました。
ヨットで海から来てみたかったという吉川艇長の個人的希望によって立ち寄ったので、
能登小木では、何の予定も受け入れもなく、全てが行き当たりばったり。
しかし、これこそがいつもの航海の姿です。
海交流の親善大使というお役目をもって回り、各地で出迎えてくださる人たちがいる
こういった形の航海もなかなか経験できないことなので、
それはそれで大勢の方に感謝しながら楽しませていただいていますが、
基本は、着く前から誰かをアテにして"おんぶに抱っこ”で航海をするということはありません。
たまたまヨットで来た人がいたら、お手伝いできることがあれば何かしたいと思う人がいて、
そういう親切を受けて嬉しく思った人が、今度は自分の地元へ寄ったヨットマンに対して親切にし、
そういった積み重ねから、人と人とのネットワークが出来上がって、
お互いに助け合い、協力し合い、航海をより安全で快適なものにする。
それが、ヨット仲間・海仲間の本来の姿だと思います。
聞くところによると、最近はそういう積み重ねを全く無視して、
"どこへ行けば誰が世話してくれるらしい”という情報だけがひとり歩きをし、
「ちょっと違ってませんか?」というヨットマンもいるらしいという話です。
そういうことがあると、次に周航するヨットマンたちへの風当たりも強くなることが
心配されますし、お互いに最低限のマナーは心掛けたいものです。
寄港先で知り合った 見ず知らずの人から受けた小さな親切をとても嬉しく感じる・・・
そういった本来の航海の楽しみを思い出しながら過ごした一日でした。
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今日もきれいな朝焼けが見れました。 | |
朝から元気も食欲もある大井さん。 |
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いったい何者かと思う姿は、
日焼けしたくない大井さんの奥さま。
(艇長の次女もよくこんな格好を・・・。) | |
海の上でのコーヒーは格別!
と、嵐の前の静けさとは知らず
に くつろいでいるクルーたち。 |
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漂流していた網が引っ掛かり、
大喜びで潜って取る大井氏。 | |
本日の晩御飯のおかず。
今日もおいしいお魚が食べられます。 |
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九十九湾の奥にある小さな入り江。
観光船のりばとなっているところへ
係留させてもらった『いそしぎ』。 |
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ヨットを降りて駅から電車で一駅。
縄文真脇へ行きました。
九十九湾小木駅前で記念撮影。 |
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昨夜遅くまでかかり航海日誌などの作業を済ませた後、
深夜2時前に出発し、早朝に実家へ戻ってきた広報担当者ですが、
朝から心臓が止まりそうな出来事がありました。
運転しながら、流れ星をぽつりぽつりと見ては感動したり、
折れそうに細い月を眺めたり、徐々に明るくなる空を楽しんだりしていましたが、
先月 覆面パトカーに捕まった地点を過ぎた辺りで、またもや斜め後ろで突然 嫌な赤灯が・・・。
ドキッ!っとして見てみたら、同じ覆面パトカー!!
しかし、捕まったのは広報担当者の後ろにいた車でした。 (ほっ。)
高速道路を降りて、山間部の小さな町を通過中、
いきなり コンビニの前で、勢い良くサッカーボールが飛び出して来て、
次の瞬間には、そのボールを追って走ってきた人も道路に飛び出しました。
ギリギリで止まることができましたが、
助手席に置いてあった荷物とカメラ&デジカメは、激しくダッシュボードにぶつかりました。
公園付近などで、ボールを追いかけて子供が・・・なんていう話は聞いたことがありますが、
早朝5時前に、田舎のコンビニの駐車場から ボールを追いかけてオトナが飛び出してくるとは、
想像もしていなかっただけに かなぁ〜り驚きました。
海水浴に県外から来ていた若者たちの集団といった感じでしたが、
はしゃぐのは砂浜に着いてからにしてもらわないと、心臓に悪いです。
今年の冬にはもう使えないスタッドレスタイヤを履き潰してしまおうと、ずっとそのままでしたが、
この前の土曜日にタイヤを交換してあったので、おかげでなんとか止まれた感じです。
減りまくったスタッドレスタイヤのままだったら、止まれなかった気が・・・(怖)
そんなこんなで、一睡もしないまま すっかり朝になりましたが、
「やっぱり少しだけ眠っておこうかな?」と、6時半過ぎに横になったら、
7時半に吉川艇長からの電話で起こされました。
今日は眠れない運命だったようです。
『いそしぎ』のいた能登半島沖と同様、こちらも雲ひとつない青空だったので、
寝ていない広報担当者には、まぶしすぎました。
そんなわけで、頭が朦朧として何も考えられず、
今朝の最新情報は、今までに例がないくらいのそっけなさとなってしまいました。
シンプルで、きっとその方が見る人にとっても良いと思ったのですが、
数時間後、艇長夫人からご指摘を受けて書き加えていつも通りになりました。
さては、艇長夫人はすでに このわざと回りくどい書き方をする広報担当者の文章の
中毒症状が出ているのかもしれません。
発症率は極端に低いですが、いったん中毒になるとタチが悪いので、お気をつけください。
頭が動いていなかったので、今朝は窓岩のライブカメラも気づくのが少し遅くて見逃しました。 |
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お盆に入りましたね。
広報担当者もお墓参りへ行き、
ご先祖さまご一行を提灯で先導しながら帰って来ました。
実は、本物の提灯を持ってお迎えするのは、かなり久しぶりなのです。
子供の頃から落ち着きのなかった広報担当者は、
同じようにお盆の入りに家族でお墓参りをした際、
危ないからダメだと言うオトナたちの言葉に耳を貸さず、
どうしても自分で提灯を持つのだとはりきり、お墓から家へと歩き始めて早々に、
提灯を燃やしてしまい、大パニックに陥ったことがあるのです。
「やぁ〜ん、提灯がぁ・・・提灯がぁ・・・」と、叫びながら振り回した為、提灯は敢え無く全焼。
子供ながらに、ご先祖さまを案内する大切なものを燃やしてしまった・・・というショックは大きく、
それ以来、提灯は暗黙の了解でナシということになっていました。
家に着いて玄関先で、「燃やさずに帰って来れたよ。私もオトナになったよね。」と言うと、
家族は、「ハイハイ、ようやくオトナになれてよかったね」と言わんばかりの呆れ顔で苦笑。
もしかしたら、いちばんそう感じているのは、ご先祖さまたちかもしれませんね。 |
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