能登アラカルト
2001.09.05〜06

 ひぐらしが鳴く奥能登のゆきどまり(誓子)
 禄剛崎灯台のある狼煙(のろし)は静かだった。広い駐車場に車はなく、売店や食堂も閉まっていて、訪れる人影もまばら、3度目の訪問であるが、こんなさびしい風景は初めてである。
 今は、昔と違って車であっという間に来てしまうので、さいはての地といった感じがしないが、地理的にはまぎれもなく能登半島の最先端、「奥能登のゆきどまり」である。
 奥能登というと、交通もままならぬころの「さいはての地」が連想されるのだが、そんなかなり前の時代の奥能登らしい、ちょっとさびしい情景をたまたま垣間見たのであろうか。


 さいはての地、奥能登のゆきどまりというと寂しいが、ものは考え様、此処こそが日本列島の中心ですよと建てた石碑が面白い。数メートル離れたところに、禄剛崎を北極点に据えた地球儀?がある。世界の頂点に禄剛崎を置いてみるという、このアイデアも面白い。


 集合時刻が気になって引き返すと、かなり急な下りの道の左手の、さつまいも畑の向こうに、おばあさんが鍬をもつてなにか耕している。上るとき、さつまいも畑にネットが張られているのが話題になっていた。
 遠くから、
 「おばあちゃん!」
 「はい?」
 「このネット、何のためなの?」
 「ああ、そこはうちの畑じゃないけど、からすがほじくるんでねえ。」
 「そう、そんなに『わるさ』するかねえ?」
 「ああ、うるさいよ。」
 「どうも、有り難う。」
 帰ろうとすると、どこから来たのかと聞かれ、新潟と答えて歩こうとすると、その道の反対側に、この間までひまわりがたくさん咲いていたんだがとか、そこの柳の木が大きくなりすぎて下の景色が見えにくくなってしまってとか、すまなそうに言う。
 言われて目をやると、確かに道の右手に数十本のひまわりが、花が終わってくたびれた顔をして立っている。道脇の一本の柳の木は、狼煙の小さな入江を見下ろすのに少々邪魔になっている。
 話の好きなおばあさんだった。私は皆さんよりも少し早かったから、せめて皆さんが来るまで、おばあさんの話し相手になっていれば良かったかなと少々悔いが残る。おばあさん、いつまでもお元気で。(終)

   
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