福祉とは、人生とは
2002.02.17記

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 新潟のY様から昨年の暮れに贈っていただいた本の最初に、こんな言葉があった。

《福祉とは「最善を求めても完結のない願望」であり、人生とは「最善を積み重ねても完結できないドラマ」である》
yukimiti  Y様が、50年にわたって福祉に携わってこられた足跡や、ご自分の生い立ちなどを記述されたもので、淡々とした語り口の中に、人の心を捉えて放さない力のある本である。
 なにかすごく大切な宝ものを戴いてしまったという気持ちである。

 この福祉とは「最善を求めても完結のない願望」という言葉が強く頭に残ってしまった。

 障害児・障害者福祉や高齢者問題など、いつも気になるので注意してみている。昔に比べれば確かに隔世の感あり、素晴らしく進歩した。
 たとえば高齢者の場合など、比較的軽度の支援で済むお年寄りの中には、介護保険の利用でとても生き生きとした生活を送っておられる方が少なくない。
 しかし、実際に支援が必要な人たちの側に立って個々の現実を見ると、時々、こんな状態ではなかった筈だがと感じてしまうときがある。強力な支援が必要な障害児なのに、年齢的に条件を満たさないとか、実際は全く頼りにならないのに家族構成からみて支援枠から外れるとか、支援ネットの網の目からこぼれ落ちてしまう人たちが結構いるのではなかろうか。

 先日、若いNさんが、子どもさんの問題で大変な状況にあることを知って大変驚き、なんとか少しでも痛みを分かち合えればと思ったが、実際のところは何も出来ない力のなさを痛感した。
 現在の福祉制度については利用できるものは利用しているが、いろいろな条件で利用できるものが少ないこと、それで八方塞がりの闇の中で悪戦苦闘しているようである。

 真剣に社会的に弱い立場にある個々の人たちのノーマライゼーションを願う立場に立つとき、福祉とはまさに「完結のない願望」と言えるのではないだろうか。

 「人生とは最善を尽くしても完結できないドラマ」については、「お前は最善を尽くしているか」と問われれば、恥じ入るばかりだが、せめてあまり悔いの残らない人生を送りたいものである。

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