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暑さに強いコシヒカリNU1号の田植えを見守る三ツ井教授(右)=13日午後、刈羽村刈羽 (2022/05/14)


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ぎおんの花火 片貝煙火が今夏から継承
 夏のぎおん柏崎まつりのフィナーレを飾る海の大花火大会は、長年打ち上げを担ってきた市内松波三、柏崎煙火工業所の小林正佳代表の死去に伴い、今夏から小千谷市の片貝煙火工業に引き継がれることになった。同社の本田正憲社長(50)は四尺玉で有名な片貝花火の伝統を守る花火師で、ぎおんの海中空スターマインの歴史に新たな血を吹き込むことが期待されている。

 4月29日に66歳で亡くなった小林代表は、父勘司さんの後を継ぎ五代目として花火づくりひとすじに努めた。海中空のぎおん花火を、柏崎の夏の風物として名物行事に育てた。業務は極度の精神的緊張を強いられる職人芸。小林代表は生前、健康状態から事業継続は困難と自ら判断し、長い交流のあった片貝煙火工業にぎおん花火を引き継ぐことを決めていた。

 本田社長は「3月に入って、『柏崎をやってもらいたい』と言われた。伝統ある技術を残し、柏崎のために力になれればと思った」と話す。小林代表の実弟・小林信夫専務(60)は「特殊な打ち上げ方があるので、海中空の製作技術などは地元花火師が伝えていく」とする。両者は何代にもわたる交流があり、双方のまつりで打ち上げを手伝っていた。大正期、柏崎は片貝から筒を購入し、ぎおん花火で三尺玉を打ち上げたこともある。

 本田社長は片貝煙火工業が前身の事業所を継いでから二代目。長男で企画主任の和憲さん(26)ら若い後継者にも支えられている。5年前に75歳で亡くなった先代の善治さんは、多くの逸話を残す生粋の花火師だった。片貝花火は江戸中期からの伝統を誇り、毎年9月9、10日に浅原神社の秋季大祭で打ち上げられる四尺玉などはあまりに有名だ。製造部門のスタッフは23人。夏から秋の最盛期は60人態勢で全国の祭を盛り上げている。

 一方、八坂神社の奉納として江戸期から続いたぎおん花火は、大戦中の灯下管制を経て、戦後いち早く復活し、八坂氏子の心意気を示した。昭和25年の柏崎市制10周年で、裏浜いっぱいに仕掛けられた「ナイヤガラ瀑(ばく)布」は、敗戦から立ち上がる柏崎市民の象徴でもあった。今日の柏崎まつりの日程で打ち上げられるようになったのは28年のことだ。

 「柏崎の伝統は主催者と柏崎煙火がつくってきたもの。お客さんのニーズを的確にとらえたことが評価につながってきた」と本田社長。「柏崎ならではの特徴を受け継ぎ、より発展させたい。私なりのアピールもできれば」と意欲をのぞかせる。まつり実行委員会事務局では「ぎおん花火を今日まで育てた小林さんに感謝したい。本田さんには片貝花火の勢いを海の花火で展開してほしい」と話している。

(1998/ 5/27)

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