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市立米山小PTA(只羅一男会長)の文化教養部がこのほど、骨髄バンクなどでボランティア活動を行っている北蒲中条町の丹後まみこさんを招いて、講演会「わが子からの贈り物 命のアサガオ」を開き、保護者や児童たちが命の大切さを改めて学んだ。
丹後さんの息子・光佑君は1992年7月に急性白血病と診断され、翌年9月に7歳でこの世を去った。光佑君が小学校の生活科で育てていたアサガオの種が「命のアサガオ」として広がり、絵本や童話で紹介されている。米山小でも2年前から1年生がこの「命のアサガオ」を育てている。
講演で丹後さんは、闘病生活の中で小学校の入学式に参加できた喜びや、運動会で走る息子の姿に幸せを感じたことを話した。また、「2度目の治療入院で5日間だけの帰宅を許され、一緒におふろに入り、光佑が私の目をじっと見て『僕、死ぬのかな』と聞かれ、わが子が死の恐怖と闘っていることを思い知らされた。『人間はそんなに簡単に死ぬものではないから大丈夫よ』と言うのがやっとでした」と振り返った。
丹後さんは、時間の経過とともに息子の死を運命と受け止めるようになったとし、光佑君の死後は「写真の中から光佑が『泣いてばかりいてもだめだよ。母さんにはやることがあるんだよ』と励まされる」とハンカチを手に語った。「光佑が育てていたアサガオがいとおしく、一粒一粒の種に光佑の命が宿っているように思える。多くの人から配ってもらい、命の大切さを知ってほしい」と述べ、「限られた命を精いっぱい生きることが大事だと息子から教えられました」と締めくくった。
4年・広瀬友佳さんは「アサガオの種がお母さんのおかげで広まったのがすごいと思った」、同・猪爪友貴君は「光佑君から教えてもらった命の大切さを心において生きていきたい」と感想を話した。
(2002/ 6/27)
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