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元中国残留孤児の養母が柏崎再訪

 元中国残留孤児として永住帰国した市内北園町、本間有三さん(55)の中国人養母・朱宋氏さん(89)がこのほど2度目の柏崎を訪れ、一昨年秋の初来日から1年7カ月ぶりに有三さん一家と再会した。滞在3カ月の訪問で、息子家族との毎日を満喫している。

 有三さんは市内北半田1、本間喜代平さん(86)、サダさん(85)夫婦の三男。元満州柏崎村開拓団員だった本間さん夫婦は敗戦で中国を引き揚げる際、「飢えと寒さで、このままでは無事連れて帰れない」と当時2歳の有三さんを黒竜江省通河県で朱さんの隣人に預けた。2人の娘はいたが男の子がいなかった朱さんは、有三さんを引き取り、自分の息子として育てた。その後、有三さんは昭和60年の第9次訪日調査で本人と確認され、平成4年に家族とともに帰国した。

 朱さんは平成9年9月、中国残留孤児援護基金の招待で初めて来日し、柏崎で有三さんの両親と初対面。1週間、柏崎で過ごした。一家はその後、朱さんを日本に呼び寄せようと外務省に申請をしたが、困難と分かった。今回はとりあえず3カ月の短期滞在だ。

 有三さん一家、喜代平さんらは先月下旬、新潟空港で朱さんを出迎えた。知人を交えて歓迎パーティーを開き、連休中はドライブ、温泉に出掛け、水いらずのひとときを過ごした。有三さんは再会を喜び、「母が元気なうちに、できるだけ一緒にいたい」と言う。

 朱さんは一昨年、中国に帰ってからというもの、柏崎での1週間を何度も夢に見た。「それが今は本当に夢のような毎日。大勢の家族に囲まれ、楽しい。柏崎はとても良い所。有三のそばで暮らせたら」。有三さんの四女・幸子さん(27)は「柏崎の祖父母も、父の育ての親に恩返しを――と言っている。おばあちゃんと一緒に暮らせたら、幸せだと思う」と話している。

(1999/ 5/13)

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